名古屋地方裁判所 平成10年(ワ)3086号 判決 2000年5月12日
原告
早瀬将孝
被告
藤川二郎
主文
一 被告は、原告に対し、金一一五万七五三五円及びこれに対する平成八年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金五四九万三六二二円及びこれに対する平成八年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が左記一1の交通事故の発生を理由に被告に対し民法七〇九条、自賠法三条により損害賠償を求める事案である。
一 争いのない事実
1 交通事故
(一) 日時 平成八年四月一六日午前一〇時ころ
(二) 場所 名古屋市千種区茶屋坂通一丁目九番地先道路上
(三) 第一車両 被告運転の普通乗用自動車
(四) 第二車両 原告運転の普通乗用自動車
(五) 態様 追突
2 責任原因
被告は加害車両の運行供用者である。
二 争点
1 事故態様、被告の過失及び過失相殺
(一) 原告
(1) 原告は、谷口交差点手前で基幹バスレーン前方のバス停留所にバスが停車しているのを発見し、谷口交差点を渡り切る直前で中央の車線の後方を走行していた被告の第一車両と十分に車間距離があることを確認の上ウインカーを出し、谷口交差点を渡り切ったところで中央の車線にゆっくりと車線変更をした。車線変更後、前方の信号が赤で渋滞していたために二〇メートルほど走行してから停止したところ、停止後三秒ほどして第一車両が追突した。
(2) 被告は前方左右を注視しつつ先行車両と十分な車間距離をとって進行すべき注意義務があるのに、前方注視を欠いたまま漫然と進行した過失により本件事故を発生させた。
(3) 前記事故態様に照らし、原告には過失はない。
(二) 被告
(1) 被告運転の第一車両は時速約三〇キロメートルで中央の直進車線を進行して本件事故現場にさしかかったところ、右側の基幹バスレーンを第一車両より僅かに先行して走行していた第二車両がバス停留所の直前で左進路変更のウインカーを出して第一車両の直前に割り込み、ほぼ同時に急ブレーキをかけたため、被告も急ブレーキをかけたものの間に合わず追突した。本件事故当時、基幹バスレーン前方のバス停留所に停車中のバスはなかった。また、前方の信号は既に青に変わっており、赤で停止していた数台の車両は動き始めていた。
(2) 被告にも本件事故を回避しきれなかった回避措置不適切の過失があることは認める。しかし、原告には、第一車両との車間距離からして進路変更することによって第一車両の速度を急に変更させることとなるおそれがあるにもかかわらず進路変更をした過失及び第一車両との車間距離の確認を怠り、かつ、進路変更の合図を相当な時期にしないで合図と同時にハンドルを切るという危険な方法で進路変更を行った過失がある。したがって、本件事故の主な原因は原告の危険な進路変更にあり、原告の過失割合は少なくとも七割を下らない。
2 原告の損害
(一) 原告
(1) 被告の主張(1)を争う。
(2) 原告は、平成八年三月末日までは訴外アリコジャパンに在職しつつ母が経営していた有限会社丸の内保険代理店(現商号有限会社サンライズ・エフ・ピー。以下「訴外会社」という。)の取締役を務め、訴外アリコジャパンからは年収五二六万〇七七五円の収入を、訴外会社からは月額一〇万円の役員報酬を得ていたところ、同年四月一日からは訴外会社の業務のみを行い、役員報酬として月額五〇万円を得ることとなっていた。しかし、本件事故のため稼働できず、同年四月一日から六月末日までは月額五〇万円の役員報酬を受けたものの、同年七月一日から一二月末日までは役員報酬の支払を停止されて同額の休業損害を被った。
(二) 被告
(1) 本件事故によって原告が被った傷害の程度は重篤なものではなく、入院の必要性は認められない。また、原告の症状は平成八年七月末ころまでには固定となっていたものであるから、これを超える部分については相当因果関係がないか、あるいは相当因果関係があるとしても原告の心因的要因が寄与しているから過失相殺の規定の類推適用により損害の拡大に寄与した原告の事情として斟酌すべきである。
(2) 休業損害についての原告の主張は、<1>そもそも原告が実際に休業していたのかについて疑問がある、<2>仮に休業していたとしても原告の傷害の程度、職種、仕事内容に照らし、休業の必要性・相当性あるいはその期間に疑問がある、<3>原告の主張する役員報酬五〇万円には就労の有無に関わらず支給される性質の部分が含まれ、これを休業損害算定の基礎とはなし得ない。
第三争点に対する判断
(成立に争いのない書証、弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その旨記載することを省略する。)
一 事故態様、被告の過失及び過失相殺
甲第二号証、第一九ないし第二一号証、第三一号証、原告及び被告各本人尋問の結果(ただし被告本人尋問の結果については後記信用しない部分を除く)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 本件事故現場付近はほぼ東西に伸びるまっすぐな片側三車線の道路であり、西向車線のうち最も左側は直進及び左折車線、中央が直進車線、右側が基幹バスレーンとなっている。基幹バスレーンは本件事故のあった時間帯はバスの走行が優先となるのみで一般車両も走行することができた。事故現場の東側には谷口、西側には谷口西の各信号交差点がある。基幹バスレーンと中央の車線との間には、谷口西の信号交差点手前で基幹バスのバス停が設置されており、その手前の谷口交差点を過ぎたあたりで基幹バスレーンは僅かに右に曲がっている。本件事故当時の交通量は頻繁であった。
2 原告運転の第二車両は、谷口交差点の手前(東側)からバスレーンを走行して谷口交差点で停止することなく進行し、前方のバス停に停車しているバスが見えていたことから谷口交差点出口付近からウインカーを出して、バスレーンが右に曲がり始める当たりで中央の直進車線に車線変更をした。原告が車線変更をする際に後方を確認したところ、被告運転の第一車両は約三〇メートルほど後方の谷口交差点中央付近を走行していた。車線変更後、原告は前方の谷口西交差点の信号が赤表示であったため、先行車両に続いて停止し、サイドブレーキを引いている際に後方から進行して来た第一車両に追突された。
被告は、谷口西交差点は本件事故当時青信号に変わっており、赤で停止していた数台の車両が動き始めていたと主張するが、被告本人尋問の結果によれば、被告は一〇数年の間ほぼ連日通勤のために車で本件事故現場付近を通過しているから信号の関連は良く知っている、谷口交差点の信号が青になるよりも先に谷口西の交差点の信号が青になると述べながら、谷口交差点でいったん赤信号で停止し、その後青信号で進行したところ前方の谷口西交差点の信号が青に変わるのを見たと述べており明らかな矛盾があり、同人の本件事故当時の谷口西交差点の信号表示に関する供述は信用することができない。また、被告は、バス停に停車中のバスはなかったと主張するが、被告本人尋問の結果によってもバスが停車していなかったとのはっきりした記憶はなく、ただ、ぶつかった当時「バスレーンに(バスが)いないのに、なんで俺の前に入ってきたのかな。」と不審に思った覚えがあるというに止まるところ、被告の供述のとおりであるとすれば、原告は前方に何ら停止車両がないにもかかわらず、信号待ちで渋滞して動き始めたばかりの中央の車線にわざわざ車線変更して直ちに急ブレーキをかけたことになるところ、本件道路はほぼ直線であって基幹バスレーンを走行していた第二車両から前方の直進車線の状況の視界も良好であることに照らすと、第二車両がこのような不自然な走行をする理由は見あたらないことからして、右の被告の記憶から停車中のバスが無かったものと認定することはできず、他にこれを覆すに足る証拠はない。
3 被告運転の第一車両は、谷口交差点手前から中央の直進車線を走行していたところ、右側のバスレーンを走行していた第二車両が自車の前方に進路変更をした後前方の信号に従って停車したことに気づくのが遅れ、これに追突した。
被告は、基幹バスレーンを第一車両より僅かに先行して走行していた第二車両がバス停留所の直前で左進路変更のウインカーを出して第一車両の直前に割り込み、ほぼ同時に急ブレーキをかけたため、被告も急ブレーキをかけたものの間に合わず追突したと述べる。しかし、被告本人尋問の結果によれば、被告は基幹バスレーン上にいた第二車両後部にある車線変更のウインカーが点滅していることを確認している、以後第二車両が第一車両前方の直進車線に入って急ブレーキをかけるまでこれを見ていた、あるいは見ていたと思うと述べながら、第二車両がウインカーを出し始めた当時、自車とその直前の車との間は車一台入れるか入れないかぐらいの間隔であり、直前の車は信号が青信号に変わった直後で徐々に動いていたが自車は時速約三〇キロメートルくらいで走行していたとも述べており、このような状態でそもそも車両後部ウインカーを目視できるほど前方にいる第二車両が進路変更して第一車両と前方の車両の間に入ることが可能であるのか疑問であり、この内容に照らすと、被告は、本件事故直前に第二車両の動向や自車前方の他の車両の状況を注視することを怠っていたものと思わざるを得ない。
なお、原告の杉浦整形外科におけるカルテ(乙八)には、初診時の所見欄に「16/Ⅳ 10°am受傷 急 停車直後 運転席 不意に追突された」との記載があるが、この記載のうち「急」及び「直後」の文字は明らかに追加記載されたものと認められ、その記載の経緯が明らかではないから、この記載をもって事故態様を推認することはできない。
4 右に認定した事故態様に照らすと、本件事故は被告の前方不注視という一方的な過失に基づく事故であると認められ、原告について過失相殺を認めることができない。
二 損害額
(人身損害)
1 治療費、装具、文書料(請求額一三二万〇六一〇円) 二五万六四九三円
(一) 治療費 二四万六五二三円
(1) 甲第四号証の一、二、第五号証の一ないし四、第六号証の一、二、第七号証の一、二、第八号証の一ないし五、第一〇の一ないし四、乙第二号証の一、二、第七ないし第一一号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
<1> 原告は、本件事故当日、頸部痛、右上肢痛及びしびれ感を訴えて名城病院整形外科を受診した。同日、頸部可動域は正常、ジャクソンテスト、スパーリングテストはいずれも正常であり、筋反射、腕部等の筋肉にも異常はなく、レントゲン検査の結果も異常が見られなかった。同日、同病院の主治医は、頸部挫傷、中心性頸損(疑)と診断したが、頸椎の安静を保つために一、二週間程度の装着を予定して頸椎カラーを指示し、一週間後の再診、五月一四日にMRI検査を指示したに過ぎなかった。
<2> 原告は、同月一七日と一九日には頭がぼやけて見えにくいと訴えて杉田病院(眼科)に受診した。また、同月一八日及び二〇日には杉浦整形外科を受診し、頸部挫傷、腰椎挫傷との診断を受けたが、同病院でも入院や安静加療の指示はされなかった。同月二二日には再度名城病院に受診し、頸部痛のほか腰痛も訴えたが、右手のしびれ感は残存していたものの頸部の屈曲は良好で他覚症状は他になく、医師からはあと一週間位休んでその後リハビリへとの判断がなされた。同日名城病院は満床であったが、名城病院の医師から原告に入院治療の必要性が指示されることはなく、したがって入院のための他病院の紹介もなかった。
<3> しかし、原告は、同月二三日に頸部痛、頭痛を訴えてヤトウ病院を受診し、同日から同年五月一三日まで外傷性頸部症候群との診断で入院治療を受けた。
原告本人は、同年四月二二日か二三日ころ仕事中にめまいを起こして倒れたことから周りの人に入院を勧められたと述べるが、同月二二日の名城病院のカルテ(乙一〇)、同月二三日のヤトウ病院のカルテ(乙九)のいずれにもそのような症状の記載はないことに照らし、右の供述は信用することができない。
<4> ヤトウ病院における原告の入院中の訴えは頸部痛、頭痛が主であり、これに対して牽引などの通院治療ではまかなえない治療がなされた形跡はなく、むしろカルテ上検温時の不在や外泊もあるなど、入院が必要なほどの症状の悪化や安静の遵守は認められない。
<5> ヤトウ病院を退院後、原告は同月一四日から同月三〇日まで同病院で通院治療を受け、かつ、同月一四日から平成九年三月二六日まで再び名城病院でも通院治療を受けた。なお、同月一四日付けの名城病院整形外科医師作成の理学療法指示箋には病名として頸部挫傷のみの記載がなされ、中心性頸損(疑)の記載はない。
<6> 名城病院整形外科のカルテ(乙一〇)のうち、原告が再び通院治療を始めた平成八年五月一四日以降の主要な記載は以下のとおりであった。
平成八年五月一四日
疼痛軽減してきている、仕事は休んでかる、握力右二六・五キログラム、左四四キログラム、MRI異常なし、しばらくリハビリで経過観察
同月二九日
天気が悪くなると疼痛増強
同年六月一二日
握力右二八キログラム、左三八キログラム、頸部痛あり、疼痛軽減だが天候悪いとやはり痛い、まだ上肢しびれも少しある、疲れやすい
同年七月三日
天候悪いとやはり痛みあり、仕事二時間で疲れ大
同月二四日
少し疼痛軽減、肩の可動性良好、頸部、肩に鈍痛あり、握力は左右とも四三キログラム、集中力も出てきた
同年八月二一日
仕事は始めている、パソコン二時間、頸から右肩に鈍痛
同年九月一一日
まだ疲れやすい、首から両肩痛、痛いというか重い、しびれは無し、主訴は両肩の重さ、レントゲン検査良好
同年一〇月二日
頭痛はなし、肩の重さと後は頸と肩の鈍痛、最近はリハビリもあまりしていない
同年一一月一三日
MRI問題なし、頸部、右肩痛まだあり、だるくて疲れやすい
同月二七日
一〇〇分の七〇位まで良くなった気がする
同年一二月二五日
このあいだ頭痛有り、雨の日だけ、肩の凝り少しあり、痛みのない日もある、仕事もまあできるようになってきた、少しずつ改善
平成九年一月二二日
不変
同年二月一九日
徐々に改善、頸部肩凝り有り、疲れやすい、仕事OK
同年三月二六日
頸部痛、肩のだるさが残っている症状、本日で終了
(2) 右に認定した事実、特に名城病院整形外科及び杉浦整形外科のいずれでも入院や安静加療の指示がなかったことに照らすと、三番目に治療を受けたヤトウ病院で入院治療を受けたとしても原告の傷害の程度は入院治療が必要であったものとは認められず、したがって、ヤトウ病院での入院治療費は本件事故と相当因果関係に立つ損害とは認められない。
(3) また、杉浦整形外科及びヤトウ病院における通院治療は、その期間が名城病院における通院治療と重複するものであるところ、重複して通院する必要性を認めるに足る証拠はないから、両病院の通院治療費も本件事故と相当因果関係に立つ損害とは認められない。
(4) さらに、右に認定した事実、特に、当初、頸部挫傷のほかに中心性頸損傷(疑)との診断がなされたものの、以後単なる疑いの域を出た中心性頸損傷が具体的に傷病名として掲げられることはなく、むしろ事故から約一か月経過した平成八年五月一四日の医師の判断は頸部挫傷のみとなっていることが伺われること、原告の症状に他覚所見はなく、主要な自覚症状である頸部痛も同年七月に入ると改善され、このころには低下していた右手の握力も回復していたものと認められ、以後の主訴はまさに一進一退となっていることに照らすと、本件事故から三か月余りが経過した平成八年七月末ころまでには原告は症状固定の状態となっていたと見るのが相当である。
(二) 以上に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ損害として認められる治療費は、名城病院整形外科分二二万四一六三円(平成八年四月一六日から同年六月三〇日までの一四万九九四〇円、同年七月一日から九月三〇日まで四五日分一五万一八二〇円のうち七月の実通院日数二二日分として按分計算による七万四二二三円の合計)及び杉田病院分二万二三六〇円のみとなる。
(三) 装具代 九九七〇円
甲第九号証の一、二、乙第一〇号証によれば、原告は本件事故による傷害の治療として頸椎装具を必要とし、その費用として九九七〇円を支出したものと認められるから、これを本件事故と相当因果関係に立つ損害として認める。
(四) 文書料 零円
原告はヤトウ病院の文書料二万円を請求するが、前記認定のとおりヤトウ病院での治療に必要性が認められない以上、同病院の文書料も本件事故と相当因果関係に立つ損害とは認められない。
2 入院雑費(請求額二万九四〇〇円) 零円
前記認定のとおり、原告に本件事故による負傷の治療のために入院の必要性は認められないから、入院雑費もまた認められない。
3 通院交通費(請求額六万七一五〇円) 二万二五四〇円
前記認定のとおり、原告の本件事故と相当因果関係に立つ治療は、平成八年七月末日までの名城病院整形外科及び杉田病院への通院治療に限られることから、甲第五号証の一、二、第一二号証の一ないし三、弁論の全趣旨により認められる同期間の通院実日数(名城病院整形外科分三九日、杉田病院二日)について、名城病院は一日当たり五八〇円(ただし平成八年五月一六日分は駐車場使用料五〇〇円)、杉田病院は合計六〇〇円の合計二万三一四〇円を本件事故と相当因果関係に立つ損害として認める。
4 休業損害(請求額三〇〇万円) 九〇万二〇四〇円
(一) 原告は、本件事故から数日を経た平成八年四月二三日から同年一一月末までまったく稼働することができず、その結果、訴外会社からの取締役報酬五〇万円が同年七月から一二月までの六か月間支給されなかったと述べ、訴外会社の取締役会議事録(甲一五の一、二)等を提出してその六か月分の報酬額三〇〇万円を休業損害として請求する。
(二) しかし、甲第一五号証の一、二、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、訴外会社は原告の母が代表取締役、原告、原告の両親及び弟の四人が取締役を務める会社であって、現実に同社を稼働させているのは原告と原告の母の二人に過ぎないことに照らすと、右の取締役報酬の不支給が原告の労働能力について本件損害賠償請求の存在を離れて適切に評価されたものか否か強い疑義を抱かざるを得ないところ、前記認定のとおり原告は平成八年七月末日ころまでには症状固定と認められるのみならず、原告は名城病院整形外科の医師に対して、同年七月三日に「仕事二時間で疲れ」、同月二四日に「集中力もでてきた」、同年八月二一日に「仕事は始めている」と述べていることに照らすと、同年七月以降一一月末日まで完全に休業したとの原告の供述及び前記取締役会議事録の記載は到底信用することができない。なお、原告は、右のカルテの記載につき、努力をしていたに過ぎず仕事をしていたということではないとの趣旨を述べるが、カルテの記載内容からしていずれも仕事ができないとの原告の訴えを医師が誤って聞き取ったものとも認められず、原告の右の供述は信用することができない。
(三) 原告は、その主張する休業期間を示すものとしてその他に訴外会社の収入に関する資料を書証(甲三〇、三二、三三、三八の一ないし五、三九ないし四二、四三の一、二、四四の一ないし三、四五の一ないし八、四六の一ないし七)として提出し、原告は訴外アリコジャパンのオーダーメードの生命保険を中心に営業を行う予定であったところ本件事故によりこれを行うことができず、他にこれを行うことのできる者はなく、その結果訴外会社の生命保険の収入が減少したと主張するが、原告本人尋問の結果によれば、原告の休業期間中も訴外アリコジャパンの援助により原告の母や原告の営業による生命保険の売り上げがあったというのであり、また、原告が営業活動を再開した後である平成九年六月以降に再び実績(原告のいう挙績)が減少している時期のあることにつき、取れる時期と取れない時期があると説明していることに照らすと、これらの書証をもってしても訴外会社について原告の本件事故による休業を原因とする明らかな減収があるとまでは認めることができない。
そこで、本件事故による原告の休業損害としては、前記のカルテの記載に照らし、平成八年四月二三日から同年六月末日までの六九日につき一〇〇パーセント、同年七月につき一〇パーセントの割合で認めるのが相当である。
(四) そして、原告本人尋問の結果によれば、原告の取締役報酬は事故後完全に稼働できるようになってからも訴外会社の業績により減額されたままとなっているというのであるから、取締役報酬の全額が原告の労働に対する対価と見ることはできず、したがってその全額を休業損害を算定するに当たって基礎収入とすることはできない。したがって、平成八年度の賃金センサス第一巻第一表大卒男子二五歳ないし二九歳の平均年収四五六万六五〇〇円を基礎収入とすると、休業損害の額は九〇万二〇四〇円となる。
4,566,500/365×69+4,566,500/365×10%×31=902,040
5 入通院慰謝料(請求額一五〇万円) 八〇万円
前記認定のとおり、原告の本件事故による傷害は平成八年七月末日ころまでには症状固定とみるのが相当と認められる以上、入通院慰謝料としては八〇万円が相当と認める。
6 小計(人身損害) 一九八万一〇七三円
(物的損害)
7 車両修理代(請求額二五万四八三二円) 二五万四八三二円
甲第一、第一六号証及び第一七号証の二によれば、原告は、本件事故による第二車両の損傷の修理代として右の額を支出したことが認められるから、右の額を本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めることができる。
8 代車料金(請求額二万一六三〇円) 二万一六三〇円
甲第一、第一六号証及び第一七号証の一によれば、原告は、本件事故後第二車両の修理期間中の平成八年四月二四日まで七日間代車を使用し、代車使用料として二万一六三〇円の請求を受けていることが認められるから、これについても本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めることができる。
9 小計(物的損害) 二七万六四六二円
四 損害の填補 一二〇万円
原告が右の額の人身損害の填補を受けたことは当事者間に争いがないから、これを前記人身損害小計から控除すると、被告が賠償すべき原告の損害は、人身損害が七八万一〇七三円、物的損害が二七万六四六二円の合計一〇五万七五三五円となる。
五 弁護士費用(請求額五〇万円) 一〇万円
前記認定の損害の内容、本件訴訟の経緯に照らし、弁護士費用のうち右の額を本件事故と相当因果関係に立つ損害として認める。
六 結論
したがって、原告の請求は、一一五万七五三五円の限度で理由がある。
(裁判官 堀内照美)